北斗塾 塾長紹介
1981年 北海道大学を卒業後、台糖ファイザー株式会社に営業職として入社
1988年 日本イーライリリー株式会社に営業職として入社
1990年 日本イーライリリー株式会社でDistrict Sales Manager(課長)に昇進
1993年 日本イーライリリー株式会社で教育研修課長に異動
1995年 日本イーライリリー株式会社で営業業務課長に異動
1997年 日本イーライリリー株式会社でMarketing Director(部長)に昇進
1999年 短期派遣プログラムとして アメリカ・インディアナポリス本社に異動
2000年 日本イーライリリー株式会社でProduct Team Leader(統括部長)に昇進
2002年 日本イーライリリー株式会社でBusiness Unite Leaderに昇進
2008年 日本イーライリリー株式会社で営業本部長に異動
2013年 テバ製薬株式会社で代表取締役社長兼CEOに就任
2016年 武田テバ薬品株式会社で代表取締役社長に就任
2017年 社団法人 神戸北斗塾 代表理事に就任
成果を出すことに対する高い意欲
成果を出すためにいつも真剣に取り組んでいるか
開発育成に対する情熱
部下の成功のために自分の時間・エネルギー・専門的知識・技術を快く使っているか
ポジティブ思考
物事を前向きにとらえ、可能性のある最大限の結果を期待しているか
オーナーシップ
批評家になっていないか、自分に何ができるかを真剣に考え、行動しているか
即断と単純化
判断を先送りしていないか、単純化しているか、物事を複雑にしてないか
高い倫理観
コンプライアンスを正しく理解し、実践しているか
タフネス
心と体を健康に保つ努力をしているか
成果を出すことに対する高い意欲
成果を出すためにいつも真剣に取り組んでいるか
-20代-
お客様さんと仲良くなれば販売実績は伸びると信じて活動していたコテコテの営業マン。
外資系の製薬会社の営業職(MR)として入社後、私の営業スタイルは、豊富な学術知識と高いセリングスキルで販売実績を上げていくというスタイルとは真逆で、お客様ひとりひとりを注意深く観察し、お客様さんと仲良くなれば、販売実績は伸びると信じて活動していた「コテコテの営業マン」でした。また、お客様と仲良くなることがすべてで、会社やチームには、ほとんど関心がありませんでした。
管理者の難しさと楽しさにはまる。
そしてビジネスマンとしての挫折。
そんな私ですが、32歳の時にDistrict sales manager(営業管理職)に指名され、新任課長研修などを通じてマネジメントとしての心構えやスキルを身に着ける機会を会社から提供して頂いたおかげで、リーダーとして自覚も少しずつ芽生えてきました。部下と共に働き、予想をはるかに超える成果が得られた時の喜びを今でも忘れられません。その後、本社の管理者研修を担当することになり、益々、管理者教育に興味を持つようになりました。
私が37歳の時、社長直轄のプロジェクトとしてスタートした「会社の将来ビジョン」を策定するメンバーに抜擢されましたが、ここで大きな挫折感を味会うとは夢にも思っていませんでした。策定メンバーと日本語で話す時は、積極的にいろいろな意見を出したのですが、社長やシニアマネジメントも参加するミーティングになると、極端に消極的になってしまいました。私以外のメンバーは、英語の得意な方ばかりなので、私が日本語で話しても、通訳してもらえる環境でありながら、消極的な姿勢は一向に改善しませんでした。単に、聴く・話すという英語でのコミュニケーションスキルの問題だけでなく、ウエスタンカルチャーの方々にも理解できるよう理論的に話すことの難しさに気後れしてしまいました。この時ほど、外資系企業で働いていることを実感したことはありませんでした。そこで、遅まきながら、努力することにしました。朝晩の通勤時間に単語帳をめくり、休日には、1日4レッスンの英会話学校に通う日々が続きました。今考えると、心の奥底で、「営業出身だから英語はそれほど努力しなくても良い」と自分で自分に限界を作っていたのかもしれません。
次から次へと新しいことに挑戦する日々。
40代を迎えると、マーケティングへ異動、短期派遣プログラムとしてアメリカ本社に異動、Product Team Leaderに異動、Business Unite Leaderに異動と次から次に初物に挑戦する日々が続きました。
-50代-
組織改革と人材育成にはまる。そして外資系製薬会社の社長という新たな挑戦。
50代を迎えると、営業本部長に就任し、本格的に管理者研修を強化することになりました。自ら管理者研修のプログラムを作成し、自らインストラクターを行なうスタイルを確立しました。
そして、55歳の時に早期定年退職させて頂き、心機一転、新しい会社の代表取締役社長に就任しました。
.-60代に向けて-
管理者教育の必要な後輩を育てるべく、北斗塾の開講を決意。
私の勤めていた会社は、非常に手厚い研修制度を持っていましたが、これは例外的なことだと理解しています。今後は、私が学んだ心構え・知識・スキル・経験を後輩のために使いたいと考え、北斗塾を開講する決意を固めました。